December 30, 2012

FOLKMILL


数日前に東古川町の『洋食屋ゴーシュ』が今月29日で閉店することを知った。つまり昨晩 最後の営業を終えたのだと思う。

『洋食屋ゴーシュ』には一度しか行ったことがない。先月の中頃だ。長崎の友人に「ワインを飲みながらひとりで食事をできる店があれば」と訊いて教えてもらった。店に入るとまだ他に客はなく 厨房からおそらくはぼくとそれほど年齢が違わないだろう男性が現れた。「ビオワインが飲めると聞いたので」と言うと「ビオワインって 例えばどんなのが好きですか?」と質問された。「ガメイが好きです」と答えたら ちょっと相好を崩したように見えた。「マルセル・ラピエールとか」と畳み掛けてみる。「最近はフランスのものが面白く感じられなくなって イタリアばかりにしているけれど それで良ければ」と言われたので 料理もワインもお任せすることにした。

料理を待つ間 店内に低く流れている音楽を聴いた。ブリティッシュフォークだった。誰の曲かは思い出せない。そのうちに ひとり女性客が入ってきた。店主は彼女にも同じようにどんな食事をしたいかを尋ねた。彼女も 今夜 はじめてここに来たようだ。

料理は何風というのでもなく メキシコとインドと東南アジアとフレンチが混じったような 要するに無国籍でオリジナルな味がする。ワインも美味しい。ちょっと酔ってきたのを良いことに 2皿目の料理を運んできた店主に「ブリティッシュフォークがお好きなんですね」と声をかけてみる。すると逆に あなたはブリティッシュフォークが好きなのかと詰め寄られた。学生の頃に渋谷百軒店にあった『ブラックホーク』あたりで覚えた程度ですと答えた途端に 満面の笑みとともに「聴かせたいレコードがあるから」と 店主は奥に引っ込んだ。そうして3枚のLPを抱えて戻ってきてテーブルの上に置いた。そのうちの1枚は バリー・ドランスフィールドのフォークミル盤だった。

そうやってぼくらの音楽談義が始まり やがて女性客も加わった(偶然にも彼女もまた マニアックな音楽好きだったのだ)。店主が話に夢中になり料理の手が止まったのは残念といえば残念だったけれど こんなに面白い夜もそうそうないだろうから ずっとレコードを聴きながら喋り続けた。

以上が『洋食屋ゴーシュ』にまつわる ぼくの唯一の想い出話だ。次に長崎へ行っても もうあの店は無い。